腹膜転移型胃がんに治療効果を示すmRNAワクチンを開発Neoantigen mRNA vaccines induce progenitor‑exhausted T cells that support anti‑PD‑1 therapy in gastric cancer with peritoneal metastasis
大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)の位髙啓史教授は、近畿大学医学部免疫学教室(大阪府大阪狭山市)准教授 長岡孝治、同主任教授 垣見和宏を中心とした研究グループと共同で、mRNA技術を応用した新しいワクチンを開発し、既存薬である免疫チェックポイント阻害剤と併用してマウスに投与することで、腹膜への転移を伴う胃がんに対して強力な治療効果を示すことを世界で初めて明らかにしました。
概要
研究グループは、ネオアンチゲンを標的として先行研究とは異なる種類のワクチンをつくり、それを効率的にがん細胞まで届ける仕組みを組み込むことで、胃がんの腹膜転移に対する治療効果を検証しました。
まず、胃がんの細胞をマウスの腹腔に投与して、胃がんの腹膜転移の状態を再現した実験モデルを確立しました。このモデルを用いてネオアンチゲンを見つけ出し、それらを標的とするmRNAワクチンを開発しました。そして、このワクチンを「脂質ナノ粒子(LNP)※5」という非常に小さなカプセルに包んでマウスに投与することで、がんを狙って攻撃するキラーT細胞を強く活性化することを確認しました。さらに、免疫チェックポイント阻害剤「抗PD-1抗体」と今回開発したワクチンを併用してマウスに投与することで、がん細胞の腹腔内拡散を防止し、腫瘍を消失させられることを明らかにしました。
本研究は、mRNAワクチンと抗PD-1抗体の併用が、従来治療が効きにくい腹膜転移型の胃がんに対して新たな治療法となり得ることを示した世界初の成果となります。本研究成果により、ネオアンチゲンを標的としたmRNAワクチンを用いてがんを攻撃する、新たな治療法の確立が期待されます。また、今後ヒトへの臨床応用が進み、mRNA技術による個別化がんワクチンの開発につながれば、抗PD-1抗体と併用することで胃がん以外の難治性がんに対する免疫療法確立にも応用できる可能性が示唆されました。

研究成果のポイント
● マウスの実験モデルにおいて、がん細胞特有のタンパク質を標的とした新たなmRNAワクチンを開発
● mRNAワクチンと免疫チェックポイント阻害剤を併用することで、腹膜転移型胃がんの腫瘍が消失し、転移の予防・治療の両面で有効性を確認
● 今後、mRNA技術による個別化がんワクチンの開発によって、難治性がんに対する免疫療法の確立に期待
本研究成果は、2025年7月31日(木)に、一般社団法人日本胃癌学会が発行する“Gastric Cancer(ガストリック キャンサー)”に掲載されました。
Title
Neoantigen mRNA vaccines induce progenitor‑exhausted T cells that support anti‑PD‑1 therapy in gastric cancer with peritoneal metastasis
Authors
Koji Nagaoka, Hideyuki Nakanishi, Hiroki Tanaka, Jessica Anindita, Takeshi Kawamura, Toshiya Tanaka, Takefumi Yamashita, Akihiro Kuroda, Sachiyo Nomura, Hidetaka Akita, Keiji Itaka, Tatsuhiko Kodama & Kazuhiro Kakimi
Journal
Published online in Gastric Cancer on July 31, 2025
DOI
https://doi.org/10.1007/s10120-025-01640-8

位髙 啓史教授のコメント
mRNAワクチン開発の黎明期は、感染症ワクチンよりも、むしろがん治療用ワクチンに注目が集まり、がん個別化免疫療法への応用が期待されていました。結果的にコロナ禍が起こり、感染症ワクチンの開発が先行しましたが、がんワクチンは今後もmRNA創薬の重要な柱の1つであり、近い将来の実用化が期待されます。
また本研究は、mRNA設計・作成に関わる合成生物学、DDS開発、がん科学やそれに関わる免疫学の研究者が一同に介して、集学的な共同研究を行ったもので、学際分野である今後のmRNA創薬のあり方を象徴する成果です。