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研究成果

2023.9.7

皮膚がんの新たな発症機構を解明!-“悪性黒色腫”の新規治療標的タンパク質を発見-【菊池 章特任教授らの研究グループ, Oncogeneに発表】

研究成果のポイント

・悪性黒色腫は、色素細胞や黒子を発生母地とする皮膚がんで、皮膚がんの死亡者数の約80%を占める。

・マウスモデルやヒト臨床検体を用い、転写因子MITFによるGREB1アイソフォーム4 (Is4) の発現誘導が、悪性黒色腫※1の発生や予後に重要であることを明らかにした。

・GREB1 Is4が核酸の一種であるピリミジンの合成※2の効率を上昇させ、悪性黒色腫の細胞増殖を促進することを明らかにした。

・GREB1に対するアンチセンス核酸※3が、悪性黒色腫の新たな治療薬となる可能性を示した。

研究成果の概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点の菊池 章特任教授(常勤)と大学院医学系研究科の新澤 康英助教(分子病態生化学)らの研究グループは、悪性黒色腫における新規のがんシグナル軸ならびに治療のための分子標的を発見しました。悪性黒色腫は、色素細胞や黒子を発生母地とする皮膚がんで、皮膚がんの死亡者数の約80%が悪性黒色腫によるものです。分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤が著効を示す症例がある一方で、これらの治療薬が無効である症例も存在します。従いまして、これらの薬物療法に対して抵抗性の症例に対する新規薬剤開発が求められています。


GREB1はホルモン受容体により発現誘導される核内タンパク質で、発現したGREB1はホルモン受容体の転写活性を促進します。乳がんや前立腺がんでGREB1は発現上昇しており、これらのホルモン依存性がん細胞の増殖を促進します。これまでにGREB1とホルモン非依存性のがんとの関連は不明でしたが、研究グループは、GREB1が肝芽腫と肝細胞がんにおいて高発現し、これらのがん細胞の増殖を促進することを報告しました。


今回、悪性黒色腫においてGREB1の一部であるアイソフォーム4(Is4)が色素細胞特異的転写因子MITFにより発現することを見出し、GREB1 Is4がピリミジン代謝の制御を介して、がん細胞増殖を促進することを明らかにしました。さらに、GREB1 Is4に対するアンチセンス核酸が抗腫瘍効果を示したことから、悪性黒色腫においてGRB1 Is4が新たな治療標的であることを提唱しました。


本研究成果は、英国科学誌「Oncogene」(オンライン)に、2023年9月1日に掲載されました。

研究の背景

悪性黒色腫はメラノサイトという色素細胞ががん化して発生する悪性腫瘍です。奏効率が高い薬剤が開発されていますが、薬剤耐性の腫瘍の出現が問題となっています。悪性黒色腫の約30%は色素を有する黒子(ほくろ)から発生しますが、その発症の仕組みは十分に解明されていませんでした。そこで研究グループは、メラノサイトの色素を作る色素細胞特異的転写因子MITFの下流で発現するGREB1 Is4 遺伝子に着目し、がん化における新たなシグナル軸と新規治療標的としての可能性について解析を行いました。


研究の内容

1.悪性黒色腫において、GREB1の一部であるGREB1 Is4が特異的に発現していて、その発現がMITF転写因子によって誘導されることを見出しました。

2.良性母斑(黒子)や悪性黒色腫の組織ではMITFとGREB1が共発現しており、予後不良の悪性黒色腫でMITFおよびGREB1の発現が高いことを明らかにしました。

3.悪性黒色腫モデルマウスにGREB Is4を発現すると、腫瘍の発生を促進することを明らかにしました。

4.GREB1 Is4がピリミジン合成の律速酵素の活性化を促進し、悪性黒色腫細胞の増殖を促進することを明らかにしました。

5.悪性黒色腫モデルマウスに対して、GREB1のアンチセンス核酸が、腫瘍サイズを縮小させることを明らかにしました。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

免疫チェックポイント阻害剤の登場により、悪性黒色腫の治療が進歩している一方で、未だ治療困難な症例が存在することも良く知られています。同研究グループは GREB1 Is4を介した悪性黒色腫の新たながん化の仕組みを明らかにし、そのGREB1 Is4は新たな治療標的となる可能性を示しました。


がん細胞は無秩序に増殖を繰り返すことが特徴であり、薬剤を用いて核酸の合成を阻害し、細胞の増殖を抑える化学療法が行われてきました。今回、GREB1 Is4がその核酸の合成を促進し、色素細胞のがん化を誘導することが判明したことにより、GREB1 Is4が、悪性黒色腫の増殖を促進する有力なタンパク質であることを明らかにしました。


さらに、GREB1が、悪性黒色腫における治療標的となることを示し、今後、GREB1に対するアンチセンス核酸が新たな治療薬となることが期待され、本研究成果は社会的な意義が大きいと考えられます。

特記事項

<掲載論文>

タイトル:“GREB1 isoform 4 is specifically transcribed by MITF and required for melanoma proliferation”
著者名:Koei Shinzawa,Shinji Matsumoto, Ryota Sada, Akikazu Harada, Kaori Saitoh, Keiko Kato, Satsuki Ikeda, Akiyoshi Hirayama, Kazunori Yokoi, Atsushi Tanemura, Keisuke Nimura, Masahito Ikawa, Tomoyoshi Soga, and Akira Kikuchi(*共同責任著者)

DOI:10.1038/s41388-023-02803-6


なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究S)における課題「Wntシグナルネットワークの異常による腫瘍形成の新規分子機構の解明」と日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療加速化研究事業における研究開発課題「GREB1による悪性腫瘍発症機構の解明にもとづく新規抗がん剤の研究開発」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科遺伝子治療学、大阪大学大学院医学系研究科皮膚科学、大阪大学微生物病研究所遺伝子機能解析分野、慶應義塾大学先端生命科学研究所の協力を得て行われました。


【 詳細はこちら(PDF) 】

【ResOU】: https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230907_3


菊池 章特任教授(常勤)のコメント
GREB1はホルモン依存性の乳がんや前立腺がんで高発現して、これらのがん細胞増殖を促進することが知られていました。私達のグループは、ホルモン非依存性の肝がん、肝芽腫、悪性黒色腫でもGREB1が発現することを発見しました。今後、ホルモン非依存性悪性腫瘍における腫瘍特異的GREB1の発現制御機構の解明とGREB1を標的とする治療法開発が次の課題です。


用語説明

※1 悪性黒色腫
悪性黒色腫(メラノーマ)は皮膚がんの一種です。皮膚の色と関係するメラニン色素を産生する、メラノサイトという皮膚の細胞が悪性化してできるがんです。人種差があり、白人では頻度の高い疾患ですが、日本人は10万人あたり1~2人が罹患し、1年間に約1,800人が悪性黒色腫と診断されています。黒子との区別が難しいことがあり、リンパ節転移が広範囲に及んだり、臓器に転移がある場合は、免疫チェックポイント阻害剤や分子標的治療薬などの化学療法を主体とし、外科治療、放射線治療を加えた集学的治療が行われています。


※2 ピリミジンの合成
DNAやRNAを構成するヌクレオチド(塩基、糖およびリン酸からなるDNAやRNAの基本単位)のうちC(シトシン)やT(チミン)などをピリミジンヌクレオチドといいます。そのピリミジンヌクレオチドの塩基部分をピリミジン塩基と呼び、グルタミンから複数の酵素反応により生成され、最終的にリボース-5リン酸(PRPP:ホスホリボシル二リン酸)が結合し、生合成が行われます。Carbamoyl-phosphate synthetase 2, Aspartate transcarbamylase, and Dihydroorotase (CAD)はピリミジン合成の律速酵素で、GREB1 Is4が活性化を促進することを今回明らかにしました。


※3 アンチセンス核酸
タンパク質を合成するmRNA(メッセンジャーRNA)を分解する分子です。この分子に特殊な修飾を付け加える(本研究で用いた修飾型アンチセンス核酸)ことで、血液中で安定に存在することができ、がん細胞への取り込みが増し、治療効果が高まります。

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