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研究成果

2023.7.9

肝がんの新たな発症機構を解明!-腫瘍形成阻害の効果がみられる修飾型アンチセンス核酸を開発-   
【菊池 章特任教授(常勤)らの研究グループ, Cancer Researchに発表】

研究成果のポイント

・肝がんで高頻度に異常が認められる Wnt(ウィント)シグナル※1の活性化による発がんの仕組みが不明であったが、その新たな仕組みを発見した。

・今回同定した仕組みを標的とした治療薬候補が、マウス実験において腫瘍縮小効果を示した。

・「Wnt シグナル活性型肝がんで、なぜ免疫チェックポイント阻害剤が効きにくいのか」という疑問に対する答えが見つかる可能性が示唆された。

研究成果の概要

大阪大学大学院医学系研究科(分子病態生化学)の松本 真司准教授と原田 昭和助教、感染症総合教育研究拠点の菊池 章特任教授(常勤)のグループは、肝がん発症の新たな仕組みを解明しました。
肝がんではがん化を促す Wnt シグナルの異常な活性化が高頻度でみられますが、これらの症例には免疫チェックポイント阻害剤が効きにくいことが知られています。しかし、なぜ肝がんで Wnt シグナルががん化を促進するのかは十分にはわかっておらず、また Wnt シグナルを直接抑えることができる治療薬の開発には至っていません。
今回、研究グループは、Wnt シグナルの異常活性化により、なぜ肝臓の細胞ががん化するかに着目し、がん患者の大規模なデータベースを用いた解析を行った結果、Wnt シグナル活性型肝がんを発症させる遺伝子として GREB1 を同定することができました。さらに GREB1 の発現を抑制するための修飾型アンチセンス核酸※2を開発し、肝がんを発症したモデルマウスに投与したところ、腫瘍形成阻害の効果があることもわかりました。
本研究成果は、米国科学誌「Cancer Research」に、2023 年 6 月 22 日(木)に on line 公開されました。


研究の背景

肺がんの死亡者数は、全がん中世界では第3位(出典:GLOBO CAN2020)、日本では第5位(出典:国立がん研究センター 2021 年がん統計)であり、難治性のがんと考えられています。肝がんでは、発がんに関与する Wnt シグナル経路の異常活性化が約1/3 の症例で認められます。大腸がんでも高頻度に Wnt シグナルが異常活性化されていて、そのがんを引き起こすメカニズムが明らかになりつつありますが、なぜ肝臓が Wnt シグナルの異常によりがん化するのかは十分に解明されていませんでした。そこで研究グループは、肝がんと大腸がんでは Wnt シグナルが異常である細胞の「成熟度」が異なる点に注目しました。肝がんでは、肝臓らしさを獲得し成熟した細胞(分化細胞)ががん化しますが、大腸がんでは大腸らしさがまだみられない幼若な細胞(未分化細胞、幹細胞)ががん化すると考えられています。この違いが原因となり、Wnt シグナルが 異常となった際のがん細胞の反応が大きく異なるのではないかと考えました。


研究の内容

今回、研究グループは、Wnt シグナルにより発現する遺伝子を様々ながん種で比較しながら探索する方法を開発して、肝がん固有のがん発症因子として GREB1 を同定しました。GREB1 は本来、性ホルモンシグナル が異常である乳がんや前立腺がんにおいて発がんに関わることが知られていましたが、性ホルモンに依存しない肝がんにも関わることを初めて示しました。同研究グループは、肝芽腫という小児の希少がんでもこの GREB1 ががん化に関与することを世界で初めて報告しました。


詳細な解析の結果、Wnt シグナルが異常活性化すると、肝臓の成熟度を維持するための重要な因子であるHNF4αが、Wnt シグナルと協調して GREB1 の発現を促進することがわかりました。さらに、発現した GREB1 が HNF4αと協調して肝がん細胞の増殖を促進しました。すなわち、これまで正常の肝臓らしさを保ち、がん化を抑制すると考えられていた HNF4αが、GREB1 と協調することによりその機能が変化し、肝がんを発症さ せることが明らかになりました。


また、神戸大学大学院医学研究科外科講座 肝胆膵外科学分野との共同研究により、肝がん患者においても、Wnt シグナルの活性化と GREB1 の発現が正の相関をしていることがわかりました。さらに、GREB1 を標的としたアンチセンス核酸を開発し、肝がんモデルマウスに投与したところ、腫瘍縮小効果が認められました。

以上の結果から、成熟した肝臓の細胞が Wnt シグナル経路の異常活性化によりがん化する仕組みが明らかになり、それを標的とする新たな治療法の可能性も示されました。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

Wnt シグナルが活性化している肝がんは、世界的に大きな注目を集めている免疫チェックポイント阻害剤が効きにくいことから、がん化の仕組みの解明と治療薬の開発に対して大きな関心が寄せられています。同 研究グループは GREB1 を介した肝がんのユニークながん化の仕組みを解明しました。


今回発見された HNF4αと GREB1 による悪性化のメカニズムをさらに解析することで、「Wnt シグナル活性型肝がんで、なぜ免疫チェックポイント阻害剤が効きにくいのか」という疑問に対する答えが見つかる可能性があり、大きく期待できる研究成果です。


さらに、GREB1 を人工的に発現させないようにしたモデルマウスを作成したところ、大きな異常はなく、仔も産まれ成長しました。したがいまして、新規開発した GREB1 アンチセンス核酸により GREB1 の発現を抑える治療方法は、がん以外の臓器に対して副作用の少ない治療薬となることが期待され、本研究成果は社会的な意義が大きいと考えられます

特記事項

<掲載論文>

タイトル:“Wnt signaling stimulates cooperation between GREB1 and HNF4α to promote proliferation in hepatocellular carcinoma”
著者名:Shinji Matsumoto†, Akikazu Harada(†共同筆頭著者), Minami Seta, Masayuki Akita, Hidetoshi Gon, Takumi Fukumoto, Akira Kikuchi (*共同責任著者)

DOI:https://doi.org/10.1158/0008-5472.CAN-22-3518


なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究 S)における課題「Wnt シグナルネットワークの異常による腫瘍形成の新規分子機構の解明」と日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療加速化研究事業における研究開発課題「GREB1 による悪性腫瘍発症機構の解明にもとづく新規抗がん剤の研究開発」の支援のもとに行われ、神戸大学大学院医学研究科肝胆膵外科学 福本巧教授の協力を得て行われました。


【 詳細はこちら(PDF) 】

ResOU: https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230704_1


菊池 章特任教授(常勤)のコメント
Wnt シグナル活性型肝がんと大腸がんの発症機構の違いが明らかになりましたので、本研究成果のがん研究領域に与えるインパクトは大きいと考えています。今回見出した新たな GREB1/HNF4a 依存性に発現 する遺伝子群ががん免疫とどのように関係するのか明らかにすることが次の課題です。


用語説明

※1 Wnt(ウィント)シグナル
動物の胎生期の臓器形成に欠かせない生体内の情報伝達の仕組みです。動物の出生後の再生や傷害の修復にも重要な役割を果たします。しかし、Wnt シグナルを構成する遺伝子に傷が生じると(遺伝子 変異)、細胞が制限なく増え始めてがんになります。大腸がんや肝がんでは、この Wnt シグナルの異常が原因でがんになる症例が多いことが知られています。


※2 アンチセンス核酸
タンパク質を合成する mRNA(メッセンジャーRNA)を分解する分子です。この分子に特殊な修飾を付け加える(本研究で用いた修飾型アンチセンス核酸)ことで、血液中で安定に存在することができ、 がん細胞への取り込みが増し、治療効果が高まります。さらに、アンチセンス核酸で問題となる肝臓に対する毒性を低く抑えることが可能になりました。


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