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研究成果

2023.3.27

肺がんにおけるCKAP4を標的としたバイオマーカーと治療薬の開発
【菊池 章特任教授らの研究グループがTransl Lung Cancer Res.に発表】

研究成果のポイント

・新規がんシグナルであるDKK1-CKAP4経路が活性化している肺がん症例において、本経路が診断や治療の標的となるかは不明であった。

・92例の肺がん症例の血清CKAP4値の陽性率は、健常者血清のCKAP4値陽性率よりも高かった。

・肺がん手術後に血清CKAP4値が減少した。

・抗CKAP4抗体は、マウス肺がんモデルにおける腫瘍増殖能を阻害した。

・第3世代EGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤であるオシメルチニブと抗CKAP4抗体の併用により、マウス肺がんモデルにおける腫瘍増殖能が相乗的に阻害された。

研究成果の概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点の菊池 章特任教授(常勤)、同医学系研究科の佐田 遼太助教、名越 章裕大学院生らの研究グループは、DKK1-CKAP4シグナル経路が活性化されている肺腺がん(肺がん)において、CKAP4が診断と治療の標的になることを明らかにしました。我が国では、肺がんによる死亡者数は年々増加し2020年には75000人を超え、1998年に胃がんを抜いて以降、全てのがんの中で死亡者数は第一位となっています。また全世界でも2020年の肺がん死亡者数は180万人と、すべてのがんで最も多く、予後不良な悪性疾患です。2000年代以降、各ドライバー遺伝子に対する分子標的療法や免疫チェックポイント阻害剤が開発されていますが、それらに不応の症例や治療後に再発をきたす症例もあり死亡率の改善は限定的であることから、新たな分子標的治療薬の開発が求められています。
今回、菊池特任教授らは、自身が発見した新規のがんシグナルであるDKK1-CKAP4経路の肺がんにおける活性化の意義として、患者血清中のCKAP4が本シグナル経路活性化のバイオマーカーになることを明らかにしました。また、抗CKAP4抗体をEGF受容体変異を持つ肺がんの一次治療薬であるオシメルチニブと併用することにより、抗腫瘍効果が増強されることを見出し、新たな治療法の開発につながる可能性を示しました。
本研究成果は、Translational Lung Cancer Researchに2023年3月17日に公開されました。


研究の背景

Dickkopf-1(DKK1)は細胞外分泌タンパク質で、種々のがん細胞の増殖を促進することが知られていましたが、長年のわたりその作用機構は不明でした。菊池教授のグループは、2016年にDKK1の細胞膜受容体としてCytoskeleton-Associated Protein 4 (CKAP4)を同定しました。DKK1がCKAP4に結合すると、PI3キナーゼ―AKT経路が活性化され、がん細胞増殖が促進されることが判明し、抗CKAP4抗体がDKK1-CKAP4シグナル経路を抑制してがん細胞増殖を阻害することも明らかになりました。同グループは、これまでに肺がんに加えて、膵がんと食道がん、肝細胞がんの中でDKK1-CKAP4シグナル経路が活性化されている症例では、予後不良と相関することも報告してきました。さらに、これらの難治がんのマウスモデルに対して、抗CKAP4抗体が抗腫瘍効果を有することを示しました。また、がん細胞の細胞膜に存在するCKAP4がエクソソームとともに細胞外に放出され、ヒト血清中でELISAを用いて検出できることを明らかにしました。例えば、膵がん症例において、手術不能症例患者の血清CKAP4値は、手術可能症例や健常人の血清CKAP4値よりも高値であり、手術可能症例では術後に血清CKAP4値が顕著に低下することを報告しました。
今回の研究では、CKAP4のエクソソームを介した分泌機構に関する新たな知見と、92例の肺がん症例を用いて、血清CKAP4値の臨床的意義を明らかにするとともに、抗CKAP4抗体による新規の肺がん治療戦略を検討しました。

研究の内容

1. 8種類の肺がん細胞株のDKK1とCKAP4の発現を確認したところ、A549とCalu-1細胞において両タンパク質を高発現していました(CKAP4は細胞膜受容体として機能するために、細胞膜に存在していることを確認しました)。A549とCalu-1細胞の培養上清中のエクソソーム分画にCKAP4が検出されました。これらの細胞においてエクソソームの生合成に関与するクラスリンやRab27、VPS35をノックダウンすると、CKAP4の細胞外への放出が減少しました。さらに、CKAP4を細胞膜に発現していないNCI-H292細胞にCKAP4を過剰発現させる(NCI-H292/CKAP4細胞)と、CKAP4が細胞膜に発現し、エクソソームとともに分泌されました。従って、肺がん細胞においても膵がん細胞と同様に、CKAP4がエクソソームとともに分泌されることが明らかになりました。

2. 大阪大学医学系研究科 新谷康教授、森井英一教授、同保健学研究科 三善英知教授との共同研究により、肺がん手術症例92症例の組織標本におけるDKK1とCKAP4の発現を免疫組織学的に解析し、これらの発現と臨床病理学的所見との比較を行なうとともに、患者血清中のCKAP4値を、抗CKAP4抗体を用いたELISAで測定しました。その結果、DKK1とCKAP4の両タンパク質が共に高発現している症例は、どちらか一方のみが発現している症例または両者とも発現していない症例に比して有意に予後不良であり、また腫瘍サイズが大きく、深達度が深いという結果でした。さらに、患者血清中のCKAP4値と、年齢並びに性別をマッチさせた92名の健常人血清のCKAP4値を比較したところ、血清CKAP4値が陽性 (0.1 ng/ml以上) の症例は、肺がん患者で19.6%、健常人で6.5%でした。また、免疫組織学的にCKAP4陽性の症例では24.3%が血清CKAP4値陽性であったのに対して、CKAP4陰性の症例では4.5%が血清CKAP4値陽性でした。また8症例において術前術後での血清CKAP4値を測定したところ、全症例で術後に血清CKAP4値が減少していました。従って、血清CKAP4値は、肺がん病変におけるCKAP4の発現を反映していると考えられました。

3. CKAP4は細胞質領域のシステイン残基がパルミチン酸化を受け、パルミチン酸を介して細胞膜の脂質ラフトに局在しています。パルミチン酸化されるシステインをセリンに変異したCKAP4はパルミチン酸化されず、本CKAP4変異体の細胞外への分泌量が減少しました。MACS(Magnetic activated cell sorting system)を用いた小胞輸送解析により、パルミチン酸化の有無によりCKAP4は多胞体からライソゾームまたは細胞膜へ輸送されるかが決定されることが判明しました。すなわち、非パルミチン酸化CKAP4はライソゾームへ積極的に輸送されることから、エクソソームとともに細胞外へ放出されるCKAP4が減少することが明らかになりました。

4. NCI-H292細胞にCKAP4を過剰発現させる(NCI-H292/CKAP4細胞)と、AKT活性が上昇し、in vivoin vitro実験系での細胞増殖能が亢進しました。NCI-H292/CKAP4細胞のin vivoin vitro実験系での細胞増殖能はそれぞれ抗CKAP4抗体の投与により抑制されました。また、NCI-H292/CKAP4細胞を移植したマウスの血清中にCKAP4が検出され、同マウスへの抗CKAP4抗体治療により、血清CKAP4は消失しました。

5. アジア人において肺腺がん患者の約50%にEGF受容体(EGFR)変異が認められ、これまでにEGFRチロシンキナーゼ活性阻害剤(TKI)が開発されてきました。現在、第3世代EGFR-TKIであるオシメルチニブが開発されていますが、一定期間で耐性を生じることが問題となっています。EGFR変異を有する5種類の肺がん細胞株のDKK1とCKAP4の発現を確認したところ、HCC-4006細胞ではDKK1とCKAP4の両タンパク質が高発現していました。HCC-4006細胞に対して、抗CKAP4抗体ならびにオシメルチニブは単剤でAKT活性、vivoin vitro実験系での細胞増殖能を阻害しました。さらに、両薬剤を併用することにより、その阻害効果が相乗的に増加しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、92例の肺がん症例中41症例(44.6%)で、DKK1とCKAP4の両タンパク質が高発現しており、これらの症例は悪性度が高く、予後不良であることが判明しました。これらの結果は、既に報告している膵がんや食道がん、肝がん症例との結果とも一致しました。また、血清CKAP4値は、肺がん患者の方が健常人よりも高値な割合が高く、手術後に血清CKAP4値が顕著に減少することも確認できました。従って、血清CKAP4値が肺がんの診断および予後予測、また抗CKAP4抗体による治療効果の予測マーカーになる可能性が考えられました。さらに、抗CKAP4抗体とオシメルチニブとを併用することにより、抗腫瘍効果が増強したことから、新たな治療戦略が示唆されました。肺がんは、世界的に死亡者数が高く、各ドライバー遺伝子に対する分子標的療法や免疫チェックポイント阻害剤が開発されてきましたが、これらの治療薬に不応性の症例も多く、新たな治療法の開発が望まれています。本研究成果がその端緒となることが期待されます。

特記事項

<掲載論文>

本研究成果は、2023年3月17日にTransl. Lung Cancer Res.(速報版)に掲載されました。

タイトル:CKAP4 is a potential exosomal biomarker and a therapeutic target for lung cancer
著者名: Akihiro Nagoya, Ryota Sada, Hirokazu Kimura, Hideki Yamamoto, Koichi Morishita, Eiji Miyoshi, Eiichi Morii, Yasushi Shintani, and Akira Kikuchi

DOI: 10.21037/tlcr-22-571


本研究は科学研究費補助金基盤SとAMED次世代がん創成事業の支援を受けて行われました。

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