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研究成果

2023.3.24

ワクチン接種券の「郵送」は効果的か?―茨城県つくば市における風しん追加的対策の実証プロジェクト―
【行動経済学ユニットの研究グループ】

研究成果のポイント

・クーポン券を郵送する手法は、政策の認知度を高めながら、目標行動を促進する効果を持つ。

・風しん追加的対策の郵送施策の効果を、茨城県つくば市の協力の下で行政データを使用して評価した。

・クーポン券の郵送は、風しん抗体検査の受検率を19.3%ポイント、接種率を4.7%ポイント上昇させた。

研究成果の概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)・行動経済学ユニットの研究グループ(共同研究者:大竹文雄特任教授(常勤)、佐々木周作特任准教授(常勤)、加藤大貴招へい研究員)は、茨城県つくば市の協力の下で、風しんの追加的対策である抗体検査・ワクチン接種の無料クーポン券を「郵送」することの効果を測定して、発表しました。  
新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種でも、風しん*1の追加的対策が下地になってクーポン券の郵送が全国的に行われましたが、郵送施策の効果検証は行われてきませんでした。
厚生労働省は、2019年度より風しんの追加的対策を行い、1962年4月2日から1979年4月1日生まれ(2022年度時点で43~60歳)の男性に、基礎自治体を通じて、風しんの抗体検査とワクチン接種を無料で受けられるクーポン券を送付しています。
この年代の男性は、子どもの頃に風しんの予防接種を受ける公的な機会がなく、同年代の女性・他の年代の男女に比べて抗体保有率が低くなっていて、そのために、先進国では珍しく、日本は風しんの集団免疫を獲得できていません


研究グループは、2019~2020年度に風しんの無料クーポン券の郵送が段階的に行われたことに着目し、「回帰不連続デザイン」に基づき、無料クーポン券を「郵送」することの効果を測定しました。茨城県つくば市の協力の下、行政データを使用して分析したところ、クーポン券の郵送には抗体検査受検率を19.3%ポイント上昇させる効果があることが分かりました。
またあわせて、ワクチン接種の影響についても測定しました。ワクチンは、抗体検査の結果から抗体が無いと判明した人のみが接種する必要があり、すでに抗体を持っていると判明した人はワクチン接種を受ける必要はありません。調べてみると、ワクチン接種率の上昇効果は4.7%ポイントでしたが、抗体が無いと判明した人のほとんどが、ワクチン接種を受けていることが分かりました。
さらに、私たちは、全国規模アンケート調査のデータも使用して同様の効果測定を行ったところ、対象年代の男性は、自分たちが風しん追加的対策の対象であることを元々ほとんど知らず、クーポン券が郵送されて初めてその事実を知るというケースが多いことも分かりました。
本研究の成果は、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)のディスカッション・ペーパー*2として公開されています。


※本研究は、大阪大学経済学研究科の倫理審査委員会(R020114,R40427)及び大阪大学感染症総合教育研究拠点の倫理審査委員会(2022CRER0428)の承認を受けて実施しています。

研究の背景

風しんの無料クーポン券の郵送は、2019~2020年度に段階的に行われました。2019年度には、対象年代のうち、当時40-46歳の男性に自治体からクーポン券が送付されました。残りの当時47-57歳の男性には、2020年度以降にクーポン券が郵送されることになりましたが、この人たちも、自ら居住自治体に申請することで2019年度中にクーポン券を受け取り、抗体検査とワクチン接種を無料で受けることができました。つまり、40-46歳を「無料クーポン券が郵送されたグループ」、47-57歳を「無料クーポン券は郵送されないが、自分で手続きすれば抗体検査とワクチン接種を無料で受けられるグループ」と見做すことができます。
もちろん二つのグループは、片方は40-46歳でもう片方は47-57歳というように、平均年齢が異なるので、両者を単純に比較するだけでは、無料クーポン券の「郵送」有無の効果なのか・年齢の違いによる効果なのかを識別できません。そこで、回帰不連続デザインという分析フレームワークを使って、誕生日のちょっとした違いのために、ぎりぎりクーポン券を受け取ることのできた46歳の人たちと、ぎりぎりクーポン券を受け取ることのできなかった47歳の人たちに着目して比較検証しました。こうすることで、ほとんど似たような人たちなのに、たまたまクーポン券が送付されたことの効果を取り出すことができます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種でも、風しんの追加的対策が下地になってクーポン券の郵送が全国的に行われましたが、この郵送施策の効果検証は行われてきませんでした。
クーポン券を印刷して郵送するという方法は、一見すると前時代的なものに思えて、デジタル化が進むに従って消滅していくのではないかと考える人もいるかもしれません。本研究の成果は、このアナログな方法に、検査受検やワクチン接種を促進したり円滑に進めたりする効果があることを示していて、将来の感染症政策を検討する上で参考になるエビデンスです。

特記事項

<掲載論文>

タイトル:Mailing Vouchers: A Regression Discontinuity Analysis on Rubella Antibody Testing and Vaccination
著者名:Hiroki Kato, Shusaku Sasaki, Fumio Ohtake

CiDER DP: https://www.cider.osaka-u.ac.jp/dp/pdf/CiDER-dp004.pdf


※大竹は、本研究の実施にあたって、厚生労働省から厚生労働行政推進調査事業費補助金および厚生労働科学研究費補助金、日本学術振興会から科研費(20H50632)の支援を受けています。佐々木は、本稿の執筆にあたって、科学技術振興機構より戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR21R4)の支援を受けています。


【 詳細はこちら(PDF) 】


大竹 文雄特任教授のコメント
厚生労働省は、2024年度末までに、対象年代の男性の抗体保有率を80%→90%に引き上げることを目標に掲げていますが、現時点の抗体検査受検率・接種率を踏まえると、達成は簡単でない状況です。風しんの追加的対策の中間評価として、郵送施策の効果測定にご協力くださった茨城県つくば市には、心から感謝いたします。
私たちは、つくば市の行政データに加え、全国規模アンケート調査のデータも使用して同様の効果測定を行いました。アンケート調査から、対象年代の男性は、自分たちが風しん追加的対策の対象であることを元々ほとんど知らず、無料クーポン券が郵送されて初めてその事実を知るというケースが多いことも分かりました。クーポン券郵送というアナログな手法には、政策の認知度を高めながら、目標行動を促進する効果を持つことが分かりました。


用語説明

※1 風しん
感染者の咳やくしゃみ、会話などで飛び散る飛沫(しぶき)を吸い込んで感染します。成人になって感染すると、高熱・発疹の長期化、関節痛などの重症化の可能性があります。また、妊娠初期(20週以前)の女性に感染を広げると、赤ちゃんが、先天性心疾患・白内障・難聴を特徴とする先天性風しん症候群をもって生まれてくる可能性があります。

※2 ディスカッション・ペーパー
ディスカッション・ペーパーは査読前論文で、研究成果を速報的に共有することを目的に公開するものです。


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大阪大学感染症総合教育研究拠点事務室
TEL : 06-6877-5111(代表)
MAIL : info★cider.osaka-u.ac.jp [★=@]

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