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研究成果

2023.3.14

手指衛生による感染予防の定着に寄与したテレビ報道 ―阪大病院での観察データにもとづく研究―
【(兼)三浦麻子教授,(兼)森井大一連携研究員,(兼)小森政嗣連携研究員, Am J Infect Controlに発表】

研究成果のポイント

・2019年12月~2022年3月末の大阪大学医学部附属病院来院者の手指衛生実施状況を観察し、新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」)禍による急増(5%→70%)を確認。その後漸減するもコロナ禍以前より圧倒的に高い割合を維持。

・新型コロナの新規感染者数および死亡者数の推移は、手指衛生実施率の変遷と無関係。

・新型コロナ関連ニュースのテレビ放送時間は、手指衛生実施率の変遷と関連。

研究成果の概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)科学情報・公共政策部門人間科学ユニットの研究グループ兼任の三浦麻子教授(大阪大学大学院人間科学研究科)、日本医師会総合政策研究機構の森井大一主任研究員(大阪大学CiDER連携研究員兼任)、大阪電気通信大学情報通信工学部の小森政嗣教授(大阪大学CiDER連携研究員兼任)は、2019年12月から2022年3月までの大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)来院者の手指衛生実施状況(図1)を観察し、新型コロナ禍により実施率が急増したこと、2021年10月以降は漸減するも新型コロナ禍以前よりは圧倒的に高い割合を維持していることを示した上で、こうした実施率の変化は、新型コロナの新規感染者数および死亡者数の推移とは関連しない一方で、新型コロナ関連ニュースの放送時間と関連があることを見いだしました。


手指衛生は、感染予防の「一丁目一番地」であるにも関わらず、一般市民はもちろん、医療従事者においても徹底することが難しく、長らく問題となっていました。阪大病院でも、「真実の口」キャンペーン※1 などを通じて実施促進に熱心に取り組んできましたが、新型コロナ禍はそれらの努力を圧倒的に凌駕するほどの「効果」を持っていました。また、今回調査したテレビの報道時間がそれに寄与していたことは、社会におけるマスメディアの役割を再認識させるものだと言えます。また、そもそも「人はどんな状況であれば規範を遵守するようになるのか」という、人間の社会行動の特徴を解明する手がかりとしても、貴重な知見です。

本研究成果は、米国科学誌「American Journal of Infection Control」(オンライン)に、3月9日に公開されました。

研究の背景

新型コロナによらず、あらゆる感染症において、人々の自主的な予防行動、特に手指衛生の実施が感染拡大抑止に貢献することは、これまでに繰り返し実証されてきました。しかし、WHOが包括的なガイドライン WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care を発行するなど、その重要性は強く認識されている一方で、医療者においてすら実践は十分ではありませんでした。阪大病院でも、感染制御部に在籍していた森井氏が企画した2018年の「真実の口」キャンペーンなどを通じて実施促進に熱心に取り組んできましたが、来院者の手指衛生(手指のアルコール消毒)実施率は一時的に0.5%が5%と「10倍」になるのがせいぜいで、規範(社会生活の中で守るべきルール)として定着するには至っていませんでした。森井氏は、このキャンペーン終了後も定期的に手指衛生実施向上を目的とするイベントを実施し、その効果測定のために定期的に(1週間に1回1時間程度)実施状況の観察を続けていましたが、そこに新型コロナウイルス感染症禍が出来しました。まったく未知だった「新型コロナウイルス」に関する報道が突如としてあふれ出し、世界中の人々が徹底的な感染予防を求められる日々が始まりました。

研究の内容

三浦教授らの研究グループでは、森井氏が2019年12月から2022年3月末までに観察した148日間・111,071人の来院者の手指衛生実施状況のデータ(図2)に基づいて次のような分析を行いました。


まず、新型コロナ禍前の2019年12月の5日分のデータにおける手指衛生実施率(ベースライン)は5.3%であったのに対して、新型コロナ関連報道が徐々に増え始めた2020年1月28日の実施率は7.6%(54/711名)で、既にベースラインを上回る値となっていました。その後、実施率は瞬く間に上昇し、同年8月には70%近くに達しました。その後、2021年10月頃までは70~75%の水準で推移し、その後は漸減して60%半ばまで減少しましたが、新型コロナ禍以前と比較するとはるかに高水準の実施率を維持し続けました。

図2を見ると、日々確認される新規陽性者や死亡者数の推移と実施率の推移に関連が見られないことは明らかです。特に実施率が急激かつ大幅に増加した2020年前半は、陽性者数・死亡者数ともにその後とは比べものにならないほど少ない段階でした。つまり、実施率の変化は感染禍の規模を示す指標では説明できそうにありません。


研究グループでは、人々の手指衛生実施率の上昇には、それを促進する心理・社会的要因が寄与していると考え、新型コロナ禍に対する社会的関心を示す指標としてテレビの報道時間に着目しました。人々の高い社会的関心があるからこそマスメディアは盛んにコロナ禍を報道し、また同時に、マスメディアが盛んに報道することが人々に「これは社会的に重要なできごとだ」と思わせる効果も持つと考えたからです。そこで、2020年1月1日から2022年3月31日までに放送されたNHKのニュース番組で新型コロナ関連の報道がなされた時間(秒)のデータを入手して、手指衛生実施率との関連を分析しました。状態空間モデル※2 による分析の結果、報道時間(観察前日から前々日の報道時間を引いた差分)は手指衛生実施率の変化に正の影響を及ぼしていることが示されました。具体的には、新型コロナに関する報道が1時間増えた翌日には、手指衛生行動実施率が約1%増加することがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、「手指衛生」という感染予防に重要でありながらも、ほとんど遵守されてこなかった規範が、新型コロナ禍という外的要因によって圧倒的な力で浸透したことが示され、また、それを後押しした一因がテレビ報道であったことが示唆されました。これは、社会関心のバロメーターとしてのマスメディアの役割とその重要性を再認識させるものだと言えるでしょう。また、このように急速に社会に規範が浸透する様を観察できることはめったにありません。新型コロナ禍という自然実験※3 が、そもそも「人はどんな状況であれば規範を遵守するようになるのか」という、人間の社会行動の特徴を解明する手がかりを与えてくれたとも言えるでしょう。

特記事項

<掲載論文>

タイトル:The impact of television on-air time on hand hygiene compliance behaviors during COVID-19 outbreak
著者名:Daiichi Morii, Asako Miura, and Masashi Komori

DOI:https://doi.org/10.1016/j.ajic.2023.03.001


なお、本研究の一部は、大阪大学大学院人間科学研究科ヒューマン・サイエンス・プロジェクト令和3年度採択課題として実施され、また、「日本財団・大阪大学 感染症対策プロジェクト」の一環として行われたものです。


【 詳細はこちら(PDF) 】


森井 大一 連携研究員のコメント
感染対策にとって、コロナという(外部的な)現象が明らかにした最も重要な事実は「人は手指衛生行動を遵守しうる存在である」ということです。これだけでも大発見と思っています。


用語説明

※1 「真実の口」キャンペーン
来院者の手指衛生実施を促進するために2018年に大阪大学医学部附属病院が実施したキャンペーン。病院1階に置かれたアルコール消毒液設置ブースを「真実の口」(ローマの観光名所)に見立て、口の中に手を入れる行動を誘発することで手指衛生実施率の向上を狙ったもの。

https://www.hosp.med.osaka-u.ac.jp/topics/detail.php?id=325


※2 状態空間モデル
観測されるデータの背後にある「状態」を推定するために使われる統計モデル。観測データに含まれるノイズや不確実性を考慮した推定が可能となる。時系列データの分析によく使われる。

※3 自然実験
研究者が意図的に参加者を集めたり、条件を操作したりするのではなく、実社会に自然に生じた現象の原因と結果を観察することで因果関係を考察したり、ある条件の有無が結果に及ぼす影響を比較したりすること。


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