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大阪大学

世界初のRSVワクチンが承認されました

【免疫学】
伊勢 渉

 

アメリカ食品医薬品局(FDA)は5月3日、世界で初めてとなるRSV感染症(Respiratory Syncytial Virus Infection)向けワクチンを承認しました1)。承認されたのは英国グラクソ・スミスクライン(GSK)製のワクチンで、60歳以上の高齢者が対象となるものです。昨年11月にもRSVワクチンを取り上げましたが、今回は承認されたGSK製ワクチンに加え、現在承認審査が進行している他社のRSVワクチンについても紹介します。

 

RSV感染症とワクチン

RSV感染症は、RSVの感染による呼吸器の感染症、いわゆる風邪症候群の一種です。通常は軽い症状で済みますが、新生児と高齢者で時に重篤な症状を引き起こすことがあります。

アメリカ疾病対策センター(CDC)によると、アメリカではRSVが原因で年間6千人から1万人の65歳以上の高齢者が死亡し、6万人から16万人が入院しています。中でも慢性閉塞性肺疾患、喘息、うっ血性心不全などの合併症を持つ高齢者はリスクが高いとされています。

以前とりあげたように(2023年11月15日記事)、1960年代に開始されたRSVワクチンの開発研究は決して順調なものではありませんでした。しかし2013年に発表されたMcLelanらの論文2)によって、ワクチンが標的とすべきウイルスタンパク質の性状が明らかにされ、ワクチン開発が一気に前進することになります。それはRSV上のFusion(F)protein(Fタンパク)と呼ばれるタンパク質です。RSVのFタンパクと宿主の結合を阻害する抗体を誘導することがRSVワクチンの狙いとなるのですが、重要なのはFタンパク質の構造が、宿主細胞に結合・融合する前と後では大きく変化することでした。McLelanらは、宿主細胞に融合する前のFタンパク質(prefusion-F)に結合する抗体にRSV感染を防ぐ能力があること、逆に融合した後のFタンパク質(postfusion-F)に結合する抗体にはその能力がないことを明らかにしました。このような発見から、prefusion-Fを抗原としてワクチンに用いる必要性があることがわかったのです。

 

GSK製のワクチン

今回承認されたGSK製のワクチンは、このprefusion-Fタンパク質を筋肉接種するタイプのものです。今年GSKから発表された論文(フェイズ3臨床試験のデータ)3)によると、この候補ワクチン(RSVPreF3 OA)またはプラセボ(偽薬)を、それぞれ約1万2千人の60歳以上の成人に1度だけ接種し、RSV感染による下気道呼吸器疾患を抑える効果が検討されました。接種はRSVが流行する前に行われ、6-7か月に渡って症状が観察されました(図1)。その結果、RSVによる下気道呼吸器疾患に対して82%という高い有効性が認められています。また重症化を防ぐ効果は94%だったと報告されています。

 

 

 

 

安全性も報告されており、プラセボと比較してワクチン接種によって何らかの副反応が認められています(図2)。局所の症状としては痛み、全身症状としては倦怠感が多く認められましたが、症状は弱から中程度で、4日以内に消失するものがほとんどでした。

 

他社のワクチン開発状況

GSK製のワクチンに続き、他社によるRSVワクチンも今後続々と承認される見通しです。ファイザー社は、GSK製と同じく、prefusion-Fタンパク質を投与するタイプのワクチンを、60歳以上の高齢者を対象として開発しており、間もなく承認されるものと思われます。同社は乳幼児のRSV感染を抑制するためのワクチン開発も行っています。妊娠中の女性にprefusion-Fタンパク質を接種し、出生後の乳幼児のRSV感染症に対する効果を検討した論文4)によると、RSV感染による重篤な症状を防ぐ効果は出生90日までは81.8%、出生180日まででは69.4%という結果を報告しています(図3)。早ければ今年夏に承認される可能性があります。またモデルナ社は、高齢者向けのmRNAタイプのワクチンを開発しており、承認に向けて迅速審査が行われています。

 

 

参考文献

1) Vidal Valero M. Nature 2023. May 3 DOI: 10.1038/d41586-023-01529-5

2) McLelan JS et al., Science 2013. May 31;340 (6136):1113-7.DOI: 10.1126/science.1234914

3)Papi A et al., N. Engl. J. Med. 2023. 388 (595-608) DOI: 10.1056/NEJMoa2209604

4)Kampmann B et al., N. Engl. J. Med. 2023. 388 (1451-1464) DOI: 10.1056/NEJMoa2216480

 


疑問・質問

Q1.

RSV(RSウイルス)は、感染しても十分な免疫はできないということでしたが、このワクチンを接種すると、長期に渡って持続する免疫ができる可能性がある、ということでしょうか?

A1.

とても大事なポイントですが、このワクチンの効果がどの程度長続きするのかについては現時点では不明です。報告されている臨床試験では(北半球の試験では)9月末までに接種して、RSVが流行する10月から3月までの間の効果を調べています。翌年まで効果が持続するのかは調べられていませんので、今後の臨床試験の結果を待ちたいと思います。

 

Q2.

今後は流行時期に合わせて、インフルエンザのように予防(感染や重症化を防ぐ)する疾患へとなっていくということでしょうか?

A2.

成人(特に高齢者)を対象にした場合にはおそらくそうだと思います。Q1に対する回答と重なりますが、初秋に接種して「冬の流行時期を乗り越える」ためのワクチンになるのではないかと思います。

 

ファイザー製RSVワクチンの重要な点は、妊婦に接種することで乳幼児の感染を防ぐ効果が期待できるところにあります。この場合は流行時期か否かに関わらず、接種が推奨されるのではないかと予想します。

 

Q3.

今後、日本での接種も可能になるのでしょうか?また、日本でもRSV(RSウイルス)のワクチン開発はあるのでしょうか?

A3.

GSK製そしてファイザー製ワクチンともに厚生労働省に承認申請がされていますので、日本でもすぐに接種可能になるのではないかと思います。日本のメーカーによるRSVワクチン開発は今のところ報告されておりません。