阪大発
感染症情報サイト

大阪大学

SARS類縁ウイルスやSARS-CoV-2変異株に
有効な新たな中和抗体の発見
―“万能型”コロナワクチンが実現する?―

【免疫学】
伊勢 渉

 

はじめに

政府は今年5月から新型コロナウイルス感染症を2類から5類感染症に引き下げることを発表しています。また3月からはマスク着用に関しても「個人の判断に委ねる」ことが基本方針となりました。いわゆるコロナ禍もようやく落ち着いた印象がありますが、世の中から新型コロナウイルスが絶滅したわけでも、新たなパンデミックの脅威がなくなったわけでもありません。新型、あるいはさらなる変異型ウイルスの登場に備えたワクチンの開発を続けることが重要です。今回は、SARS類縁ウイルスやSARS-CoV-2のあらゆる変異型に中和活性を示す新たなヒト抗体について紹介します。従来の中和抗体とは異なり、標的部位に変異が入りにくいことから、“万能型”コロナワクチンの開発につながる可能性があります。

 

コロナウイルスの広域中和抗体の発見

アメリカScripps Research InstituteとThe University of North Carolina at Chapel Hillの共同グループは、新型コロナウイルス感染から回復した人、ワクチンを接種した人、そして感染後にワクチンを接種した人の末梢血から、SARS類縁ウイルスに広く結合する抗体を取得することを試みました(文献1)。SARS-CoV-2、MERS-CoVの両者のスパイク(S)タンパク質に結合するB細胞を分離し、そこからモノクローナル抗体を多数樹立したところ、そのほとんどが、SARS-CoV-2、SARS-CoV-1、およびMERS-CoVに対して中和活性を示しました。またSARS-CoV-2の変異株であるアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、そしてあらゆるオミクロン株(BA.1、BA.2、BA4/5、など)にも中和活性を示しました。樹立した抗体の一部は動物感染モデルでの効果も検証され、SARS-CoV-2、SARS-CoV-1、およびMERS-CoVによる感染を防御する効果を持つことが明らかとなりました。

 

どうして幅広いウイルスに有効なのか?

これらの抗体が広域中和抗体として機能するのはなぜでしょうか?答えはウイルスと結合する部位にありそうです。感染やワクチンで誘導されるSARS-CoV-2の中和抗体の多くはSタンパク質のRBD(Receptor Binding Domain)に結合することで、ウイルスが宿主細胞に結合・感染するのを防ぎます。これに対し、今回取り上げた広域中和抗体はSタンパク質の根元にある“stem helix”と呼ばれる部分に結合します(図1)。

 

 

 

このstem helix領域のアミノ酸配列を見ると、SARS-CoV-2、SARS-CoV-1、そしてMERS-CoVで非常によく配列が保存されています(図2)(文献2)。

またSARS-CoV-2の変異株をみると、RBDとは異なり、stem helix領域には一切変異が入っていないことがわかります(図3)。

 

 

 

 

 

 

従来の中和抗体とはウイルスへの結合部位が全く異なるので、中和のメカニズムも全く異なります。今回見出された広域中和抗体は、stem helix領域に結合することによって、Sタンパク質におきる構造変化を阻害します。その結果ウイルスは宿主細胞とうまく融合することができなくなり、感染が抑制されると考えられます(図4)。

 

 

 

今後の展望

これまでにもstem helixに結合する抗体が広域中和活性を持つことは報告されていましたが(文献2,3)、今回多くの抗体が樹立され、その機能がしっかりと検証されました。stem helix領域結合性抗体は抗体医薬として非常に期待が持てます。またこのような抗体をうまく誘導する万能型(ユニバーサル)コロナワクチンが実現する可能性があります。一方で、RBDと比較してstem helix領域は抗原性が低く、stem helix領域結合性抗体の誘導はそれほど容易ではないのかもしれません。実際今回紹介した論文においても、stem helix領域結合性抗体のほとんどは、感染+ワクチン接種を経験した人(いわゆるハイブリッド免疫を獲得した人)から樹立されており、感染経験はあるがワクチン接種はしていない人やワクチン接種のみの人からは樹立できていません。stem helix領域結合性抗体をうまく誘導するには、何か一工夫必要なのかもしれません。

 

参考文献

1)Zhou P et al. Immunity (2023) in press. DOI: doi.org/10.1016/j.immuni.2023.02.005

2)Pinto D et al. Science (2021): 373:1109-1116. DOI: 10.1126/science.abj3321

3)Sauer MM et al. Nat. Struc. Mol. Biol. (2021): 28:478-486. DOI: 10.1038/s41594-021-00596-4

 


疑問・質問

Q1.

今回の広域中和抗体はどんな変異株でも有効なのでしょうか?

A1.

今回新たに樹立された中和抗体の中には、少なくとも試験管内のウイルス中和活性をみる限り、これまで報告されているどんな変異株にも有効な抗体があります。抗体医薬として非常に期待が持てます。

 

Q2.

今まで私たちが接種してきたワクチン(変異する部分にアプローチするワクチン)と、今回の研究を生かして実現される可能性がある“万能ワクチン”(変異しない部分にアプローチするワクチン)で、効果の差はどのくらいあると予想されますか?

A2.

従来のワクチンは基本的に野生型のSARS-CoV-2を標的として強い免疫応答を誘導しました。“万能ワクチン”はSARS類縁ウイルス全般を標的とします。もしかしたら一つ一つのウイルスに対する免疫応答の強さは劣るかもしれませんが、守備範囲(対応できるウイルスの数)は各段に広がっているのではないかと予測します。

 

Q3.

今後“万能ワクチン”を実現するための課題として、抗原性をあげるためには何が必要になるのでしょうか?

A3.

今回紹介した広域中和抗体が標的とするstem helix領域は、20-30アミノ酸程度からなる短い領域なので、これだけをワクチンとして用いても免疫応答(抗体応答)が十分誘導されない可能性があります。たとえば、ヘルパーT細胞を活性化するようなタンパク質を連結するなどの工夫をすることで抗原性が高まり、stem helix領域に結合するB細胞を強力に誘導できるのではないかと考えています。