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大阪大学

全てのインフルエンザウイルスに効くワクチン
―多価mRNAワクチンの可能性―

【免疫学】
伊勢 渉

 

 

はじめに

新型コロナウイルスパンデミックでは、次々と変異ウイルスが登場し、私達の日常が大いに脅かされました。コロナ禍は収束したわけではありませんが、次のパンデミックに向けたワクチンの準備も世界中で進んでいます。今回はインフルエンザウイルスパンデミックを想定したワクチン開発の取り組みを紹介します。

 

多様なインフルエンザウイルス

ヒトのインフルエンザ感染は主にA型あるいはB型ウイルスによって起こります。A型ウイルスは表面のヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2種類の糖タンパク質の種類(アミノ酸配列)によってさらに細かく分類されます1)(図1、文献1より改変)。HAは現在までに18種類、NAは11種類の異なるものが報告されており、その組み合わせ(H1N1, H3N2など)によりA型ウイルスには約200の亜型が生まれる可能性があります。一方、B型ウイルスはビクトリア系統と山形系統の2種類のみです。

 

 

インフルエンザワクチン

普段私達の周囲に存在して秋冬に流行するインフルエンザウイルスは「季節性インフルエンザ」と呼ばれます。A型ではH1N1、H3N2と呼ばれるもの、そしてB型ウイルスです。通常私達が接種するワクチンは、H1N1、H3N2、そしてB型2種類を混ぜた4価ワクチンです。H1N1やH3N2の中でも、流行が予想されるウイルス株が選定されます。このワクチン接種は、HAに対する中和抗体の誘導を狙って行われます。HAはインフルエンザウイルスが宿主細胞に感染する際に使用する重要なタンパク質だからです。

 

A型インフルエンザウイルスの変異

A型インフルエンザウイルスには変異が生じやすいという特徴があり、これがワクチンの効果を難しくしています。変異には、〈1〉日常的に起こる変異で、毎年の流行を引き起こすもの〈2〉それまでヒトの間で流行していたウイルスとは異なる型のウイルスが突然出現するもの、の2種類があります。〈2〉のウイルスに対してヒトは免疫を持っていないため、パンデミックが起こります。HAやNAの亜型が同じでもパンデミックが起こることがあります。例えば2009年に今世紀最初のパンデミックを引き起こしたのはブタ由来インフルエンザウイルス(A/H1N1pdm)です(これは現在では季節性インフルエンザに落ち着いて、ワクチンに使用されています)。また今後パンデミックを起こすのではと懸念されているのはHAの亜型が全く異なるH5N1、H7N9などの鳥インフルエンザです。

 

ユニバーサル(万能)ワクチン

ではそのような変異ウイルスにワクチンで対抗するにはどのようにしたらよいのでしょうか?その一つのヒントはHAの構造にあります。HAは大きく頭(Head)のような部分と茎(Stalk)のような部分に分けられます(図2、文献1より改変)。HAのHeadは抗原性が高く、結合する抗体は容易に誘導できます。しかし高頻度で変異が生じるので、誘導された抗体が異なる亜型のウイルスを中和することはあまり期待できません。一方HAのStalkは抗原性が低く、Stalkに結合する抗体はあまり誘導できません。しかし変異が入りにくくウイルス亜型間で配列が保存されているので、Stalkに結合する抗体は変異ウイルスにも有効であることが期待できます。このような抗体を誘導するワクチンは“ユニバーサル(万能)ワクチン”と呼ばれ、世界中のワクチン研究者が開発を競っています。

 

 

20のHAを含む多価mRNAワクチン

最近、上で述べたユニバーサルワクチンとは異なる発想で、インフルエンザパンデミックに対抗するためのワクチン開発を目指した論文が発表されました2)。現在報告されている20全てのHA一つ一つをmRNA-脂質ナノ粒子(mRNAワクチン)として合成し、これを全て混ぜて投与するというもので(20-HA mRNAワクチン、と呼びます)、マウスとフェレットを用いた動物実験が行われました(図3)。20-HA mRNAワクチンを投与すると、期待通り全てのHAに対して抗体が誘導されただけではなく、H1, H3, H5, H7に対する中和抗体や、Stalkに結合する抗体が誘導されることも確認できました。重要なのは、20-HA mRNAワクチン投与により、ワクチンと抗原性がよく似た(=HAの配列が保存されている)インフルエンザウイルスだけではなく、抗原性が異なる(=HAの配列がかなり異なる)インフルエンザウイルスによる感染からも防御されたことです。つまり仮想パンデミックウイルスによる感染にも有効であることが示唆されたわけです。

 

 

今回紹介した論文はまだ動物実験のレベルであり、持続性の問題、ヒトでの効果など、実用化に向けて検討課題は多く残されています。しかしmRNAワクチンの汎用性が見事に実証された例であることは間違いありません。鶏卵を用いて製造される従来のインフルエンザワクチンとは異なり、インフルエンザmRNAワクチンは非常に短時間で作ることが可能です。また数多くのウイルス抗原を一度に発現させ、それぞれに対し十分な免疫反応が誘導できることも実証されました。今回はHA抗原のみが使用されましたが、HA以外の重要なタンパク質であるNA(ウイルスが感染細胞から外に出ていく際に使われる酵素)を同時に発現させる多価インフルエンザワクチンの開発も報告されています3)。効果や持続性に乏しいとされてきたインフルエンザワクチンの改良が期待されます。

 

参考文献

1)Du R et al. Virologica Sinica (2021): 36:13-24. DOI: 10.1007/s12250-020-00283-6

2)Arevalo CP et al. Science (2022): 378:899-904. DOI: 10.1126/science.abm0271

3)Chivukula S et al. NPJ Vaccines (2021): 6:153. DOI: 10.1038/s41541-021-00420-6

 


疑問・質問

Q1.

mRNAワクチンの代表である新型コロナウイルスワクチンでは「副反応がきつい」というイメージがありますが、今回紹介頂いたインフルエンザウイルスの20-HA mRNAワクチンも、現在一般的に使用されているインフルエンザワクチンよりも「副反応がきつくなる」可能性はありますか?

A1.

副反応がきつくなる可能性は低いのではないかと思います。今回紹介した論文では、20のmRNAワクチンを混ぜて投与していますが、20倍の量を投与しているわけではありません。一度に投与されるmRNAワクチンの総量は変えずに、その成分だけを変えているのです。

 

Q2.

新型コロナウイルスのワクチンもmRNA以外の種類のワクチンがあるように、今後、流行や自分(の体質など)に合ったものを選ぶことができる時代になるのでしょうか?

A2.

その可能性はあると思います。例えば、今回紹介した研究を応用すると新型コロナウイルスワクチンとインフルエンザワクチンを混ぜたものを一度に接種することが可能になるかもしれません。またmRNAワクチンが登場したからといって、従来のワクチンがなくなるわけではありませんし、新たなワクチンの開発も進んでいます。ワクチンの選択肢は確実に増えています。

 

Q3.

インフルエンザのワクチン接種は、変異株が登場し続けたり、何が流行するかわからないことから、今後も毎年接種し続けるしかないのでしょうか?(過去に感染してできた免疫記憶は、翌年にはもう無効になるのでしょうか?)

A3.

残念ながら、現時点では、毎年接種し続ける必要があると思います。感染やワクチンで誘導された免疫記憶もインフルエンザに限ってはあまり長続きしないようです(理由はまだ不明です)。しかし今回紹介したような新たなワクチンが状況を変える可能性はあります。臨床試験の結果を期待して待ちたいと思います。