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大阪大学

RSVワクチンが実用化間近?

【免疫学】
伊勢 渉

 

今冬は新型コロナウイルス感染拡大に加え、インフルエンザ、そしてRSウイルス(RSV)感染症の「三重流行」の懸念が高まっています。RSVワクチンはまだ実用化されていませんが、11月1日に米国ファイザー社は、開発中のRSVワクチンの国際共同臨床第3相試験に関する第一報を発表しました 1)。今回はRSVワクチンについて取り上げてみたいと思います。

 

RSV感染症とは

RSV感染症(respiratory syncytial virus infection)は、RSVの感染による呼吸器の感染症、いわゆる風邪症候群の一種です 2)。RSVは日本を含め世界中に分布するもので、新型コロナウイルスのように新奇ものではありません。何度も感染と発症を繰り返しますが、生後1歳までに半数以上が、2歳までにほぼ100%の乳幼児が少なくとも1度は感染すると言われています。症状は、発熱・鼻水といった軽い風邪様の症状から重い肺炎まで様々です。しかしながら、生後早期(生後数週間から数か月間)にRSウイルスに初感染した場合は、細気管支炎、肺炎といった重篤な症状を引き起こすことが知られています。また生涯再感染を繰り返し、高齢者でも呼吸器基礎疾患の増悪や喘息を引き起こすことがあります。

 

RSVワクチン開発の道のり

1960年代には、アメリカで乳幼児を対象としたワクチンの開発試験が行われました 3)。この時使われたのは不活化RSVワクチンでした。残念なことに、この不活化RSVワクチンは感染を防御するどころか、重篤な下気道炎や喘息を増加させ、二名が死亡するという悲劇的な結果を招きました。これによりその後半世紀に渡ってRSVワクチン開発は停滞することになってしまったわけです。この不活化RSVワクチンが過剰な炎症反応を引き起こしたことは間違いないのですが、もう一つ明らかになったことは、感染を防ぐ中和抗体が誘導されなかったことです。

 

新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のように、RSVにも我々(宿主)の細胞に感染する時に使用するタンパク質があります。その一つがFusion(F)protein(Fタンパク)と呼ばれるたんぱく質です。したがって、RSVのFタンパクと宿主の結合を阻害する抗体を誘導することがRSVワクチンの狙いとなります。

 

2000年にCalderらは、Fタンパク質の構造が、宿主細胞に結合・融合する前と後では大きく変化することを発見しました 4) 5)(図、文献5より改変)。そして2013年にMcLellanらは、宿主細胞に融合する前のFタンパク質(pre-F)に結合する抗体にRSV感染を防ぐ能力があること、逆に融合した後のFタンパク質(post-F)に結合する抗体にはその能力がないことを明らかにしました 6)。また1960年台に試験的に使われた不活化ワクチンでは、Fタンパク質はpre-Fではなくpost-Fの構造をとっていたこともわかりました。

 

 

これらのデータは、pre-Fを抗原としてワクチンに用いる必要性があることを示しています。興味深いことに、pre-Fは「準安定状態」と呼ばれる少し不安定な構造をとっており、この構造が中和抗体の結合に重要であることも明らかにされました。そこでFタンパク質がこの構造をキープできるように(post-F構造に変化しないように)細工する方法が開発され、中和抗体を誘導する抗原として用いることが可能となりました。このような基礎研究の積み重ねを経て、ようやくワクチンの実用化が見えてきたわけです。

 

現在開発中のワクチンはどのようなもの?

さて今回のファイザー社の発表によると、開発中のRSV感染症に対するワクチン(RSVpreF)の試験では、妊娠中の女性にRSVpreFまたはプラセボを接種し、出生後の乳幼児のRSV感染症に対する効果が検討されています。妊婦の体内でできた中和抗体が胎盤を介して胎児に供給されることが期待できるわけです。中間報告では、生後90日以内の乳幼児のRSV感染に伴う重症下気道炎による入院割合が81.8%減少しています。ワクチンの投与方法や投与量などを含む詳細なデータは今後論文として投稿される予定です。また2022年内に生物製剤承認申請を行うと発表しています。ですから早ければ来年にはRSVワクチン接種が可能になる可能性があります。乳幼児向けワクチンの開発を進めるファイザー社以外にも、英国グラクソ・スミスクライン社は高齢者に向けたRSVワクチンの開発を進めています。

 

参考文献

1)ファイザー社による報告:https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-announces-positive-top-line-data-phase-3-global

2)Abbasi J., JAMA. 2022 Jan 18;327 (3):204-206. DOI: 10.1001/jama.2021.23772

3)Powell K., Nature 2021 Dec;600 (7889):379-380. DOI: 10.1038/d41586-021-03704-y

4)Calder LJ et al., Virology. 2000 May 25;271 (1):122-31. DOI: 10.1006/viro.2000.0279

5)Battles MB and McLellan JS. Nat. Rev. Microbiol. 2019 Apr;17 (4):233-245. DOI: 10.1038/s41579-019-0149-x

6) McLellan JS et al., Science. 2013 May 31;340 (6136):1113-7. DOI: 10.1126/science.1234914

 


疑問・質問

Q1.

このワクチンは、乳幼児に対して、生後2か月から開始されるワクチン接種の一つになるのでしょうか?もしくはこの試験で行われているように、妊婦が接種するワクチンになるのでしょうか?

A1.

生後早期(出生数週間から数か月間)の感染が最も重篤な症状を引き起こすことを考えると、妊婦が接種するワクチンとしてまずは実用化されるのではないでしょうか。しかしいずれは生後2か月から接種するワクチンとしても用いられる可能性はあります。

 

Q2.

2歳までの間にほぼ全員が感染するということなのですが、ワクチンを接種すると、重症化を防ぐだけではなく、感染予防にもなるのでしょうか?

A2.

重症化を防ぐというよりは、感染予防を主目的としたワクチンと考えられます。母体から移行する抗体で、新生児の感染を予防する狙いがあります。一方、重症化を防ぐために重要な働きをする細胞性免疫(T細胞)は母体から供給されません。このワクチンがどの程度の免疫応答(抗体とT細胞応答)を誘導し、それがどの程度持続するのかについては、現時点では不明です。

 

Q3.

RSV(RSウイルス)は、何度も感染を繰り返すということは、感染しても免疫ができないということなのでしょうか?

A3.

その通りだと思います。感染しても十分な免疫(記憶)はできない、と考えた方がよさそうです。RSV(RSウイルス)に感染してもなぜ免疫記憶ができないのか、新しいワクチンは長期に渡って持続する免疫記憶を誘導できるのか、しっかり研究していく必要があると思います。