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大阪大学

ワクチンの投与経路を変える
―2回目以降は経鼻型・吸入型が効果的?―

新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチンは筋肉注射によって投与されてきました。世界中の研究者が、副反応の低減化や、より効果的なワクチンの開発・改良を目指しています。今回はそのような試みの中から、ワクチンの投与経路の違いがウイルスからの防御反応に与える違いについて検討した研究論文を2つ紹介します。いずれも鼻粘膜からのワクチン投与の有効性を動物実験で示しています。

 

はじめに液性免疫と細胞性免疫について説明します。ワクチンによって体内に抗体が作られることはよく知られています。これはB細胞というリンパ球が関与する液性免疫と呼ばれますが、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンでは、体内で作られた抗体は徐々に減少するとされています。しかし、ワクチンは液性免疫だけでなく、細胞性免疫も活性化します。これはT細胞というリンパ球が、病原体を排除する仕組みです。B細胞やT細胞が記憶免疫細胞として長生きすると、ウイルスに再度感染しても重症化から防がれると考えられています。

 

カナダマクマスター大学のグループは、ヒトあるいはチンパンジーアデノウイルスベクターを用いて、SARS-CoV-2のウイルス表面の突起タンパク質(スパイク(S)タンパク質)など3種類の抗原(ウイルスの目印)を体内で発現させるワクチンを作成しました。これをマウスに筋肉注射あるいは経鼻投与し、誘導される免疫応答を調べました。その結果、経鼻投与では全身の抗体産生に加えて、肺局所における抗体産生、肺に常在する記憶T細胞、肺胞マクロファージの機能上昇が強く誘導されたのに対し、筋肉注射では全身の抗体産生応答やT細胞応答が誘導されたのみで、肺局所で免疫応答は誘導されませんでした。また、このワクチンの経鼻投与によって、オリジナルのSARS-CoV-2(武漢型)のみならず、α株(英国株)やβ株(南アフリカ株)などの変異株に対しての防御効果が確認されました。この研究成果は今年の3月にCellに発表されています(文献1)。

 

アメリカイェール大学のグループは、SARS-CoV-2のSタンパク質のmRNAワクチンをあらかじめ筋肉注射したマウスに、Sタンパク質を鼻粘膜から投与することで、上気道粘膜に記憶T細胞、記憶B細胞、そしてIgA抗体を強く誘導することに成功しました。さらにこのSタンパク質の経鼻投与後にSARS-CoV-2を感染させても完全に防御されることが示されました(変異株感染に対する効果は示されていません)。筋肉注射で全身の免疫応答を誘導(感作=Prime)した後にSタンパク質の粘膜投与で全身+粘膜局所の免疫反応をブーストする今回の方法(図1)を、彼らは「Prime and Spike」と名付けています。この研究成果は査読前論文として「bioRxiv」に報告されています(文献2)。私たちは筋肉注射によるワクチン接種を繰り返していますので、全身の免疫応答のprimeは済んでいます。今後、変異株由来のSタンパク質を気道粘膜に追加投与することによって、局所において変異株に対する記憶免疫細胞や中和抗体を動員し、変異株に対する感染防御効果を高めることが期待できるかもしれません。

 

 

 

今回紹介したのは動物実験の結果でしたが、ヒトでの気道粘膜へのワクチン投与は鼻から噴霧する方法(経鼻スプレー)や、口から吸入して肺まで届ける方法によって行われます。吸入タイプでは、液状の薬剤を霧状に変換する「ネブライザー」と呼ばれるデバイスが用いられます。この吸入型ワクチンは、新型コロナウイルスが最も大きなダメージをもたらす肺の深部までワクチンを届けることが可能になるので、防御効果が一層高まることが期待されます。


参考文献

1)10.1016/j.cell.2022.02.005″>Afkhami S et al. (2022) Cell: 10.1016/j.cell.2022.02.005

2)Mao T et al. preprint DOI: 10.1101/2022.01.24.477597