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大阪大学

ワクチン接種による記憶免疫の「進化」
―追加接種によってオミクロン株を中和する記憶B細胞が誘導されるー

ワクチンの追加接種が重症化のリスクを軽減するエビデンスが示されました


2021年11月末以降、新型コロナウイルスのB.1.1.529系統の変異株(オミクロン株)が出現し、我が国を含む全世界で主流のウイルス株として感染が拡大しています。

オミクロン株にはスパイクタンパク質の変異が30か所以上生じており、ワクチン接種によって獲得される中和抗体から逃避する可能性が示唆されています。現在のmRNAワクチンは武漢型ウイルス、つまり最初に見つかった新型コロナウイルスのSタンパク質を利用していることを考えると、これを追加接種してもオミクロン株に対抗するのは難しいと考えても不思議ではありません。

 

最近、ワクチンの追加接種によってオミクロン株を中和する記憶B細胞が誘導されることを示した論文が発表されました。国立感染症研究所のグループは、mRNAワクチンを2回接種した人の血液から記憶B細胞を取り出し、この細胞が持つ中和抗体の解析を行いました(文献1)。すると、武漢株に中和活性を持つ記憶B細胞の約30%程度がオミクロン株にも中和活性を持っていました。このオミクロン株に反応する記憶B細胞の大部分はベータ株にも中和活性を持つこと、つまりいわゆる「広域中和抗体」を持つB細胞であることがわかりました。またオミクロン株に反応する記憶B細胞は2回目のワクチンを接種してから時間が経過するほど増えていることもわかりました。同様の結果はアメリカRockefeller大学のグループからも査読前論文として発表されています(文献2)。以上のことから、ワクチンを複数回接種することで変異株にも対抗できる“守備範囲の広い”記憶B細胞が少しずつ増えてくることが明らかとなりました(図)。3回目のワクチン接種やブレークスルー感染にこれらの記憶B細胞が速やかに反応して、オミクロン株に対する中和抗体が供給され、重症化が防がれるのではないかと考えられます。

ではどのようにしてオミクロン株にも中和活性を持つ記憶B細胞が誘導されてくるのでしょうか?これらの論文ではそのメカニズムは示されていませんが、次のような可能性が考えられます。一つ目は、mRNAワクチンの複数回接種によってB細胞の抗体遺伝子に変異が誘導され、オミクロン株に結合できる抗体を持ったB細胞が新たに誕生した可能性です。ワクチンを接種するとリンパ節で免疫反応が起きます。この時B細胞は胚中心と呼ばれる微小環境を形成し、そこで抗体遺伝子に変異が導入されます。その結果ウイルスタンパク質への結合性が変化した抗体をもつB細胞が誕生します。mRNAワクチンは胚中心反応を持続化させることが知られており、オリジナルの武漢株に加えてオミクロン株への結合性を獲得した記憶B細胞が徐々に誕生してきたのかもしれません。二つ目は、最初のワクチン接種で誘導された中和抗体が二回目のワクチンに由来するSタンパク質に結合してしまい(マスキング)、その結果二回目のワクチン接種ではSタンパク質のマスキングされていない箇所に反応するB細胞が増えたという可能性です。このマスキングされなかった箇所は変異が入りにくい、変異株間でも保存された箇所であるためにオミクロン株にも中和活性を持つ記憶B細胞が誘導されたのかもしれません。現在CiDERの研究者もこれらの可能性について検討を行っているところです。

 

今回は取り上げませんでしたが、mRNAワクチンが誘導する記憶T細胞はオミクロン株をはじめとする変異株にも非常に良く反応することが報告されています(文献3)。ワクチンの追加接種が重症化のリスクを軽減する科学的エビデンスが示されたと言えるのではないでしょうか。一方、今後もオミクロン株のような変異型ウイルスの出現が十分予測されます。今後はワクチン戦略の見直しが必要かもしれません。変異型ウイルスのSタンパク質を利用したワクチンに加えて、昨年CiDER/IFReCのグループが報告したような、構造的に保存された領域を標的とするようなワクチン(文献4)が有効である可能性も考えられます。


参考文献

1)Kotaki R et al. Science Immunol. (2022)

2)Mueksch F et al. preprint

3)Tarke et al. Cell (2022)

4)Shinnakasu et al. J. Exp. Med. (2021)