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大阪大学

変異株と感染者数の推移

この記事のポイント

  • リンク切れモデルによる感染者数推移のピークが推定できる。
  • 変異ウイルスの出現(侵入)と感染の拡大が強く関係している。
  • 厳しい行動制限を行なっても、感染の伝播を完全に切ることはできない。

第7波の状況

2022年8月現在、日本では日々20万人を超える新規感染者を観測し、一日当たりの感染者数が過去最大となる地域も多くあります。厚生労働省のオープンデータ[1]を使ってこの状況を見てみます。2022年6月1日からの日本全体で確認された新規感染者数の推移を片対数グラフ[2]で表すと図1の赤印が得られます。6月1日から6月末頃までほぼ一定の新規感染者数で推移していましたが、その後、新規感染者数の推移は右肩上がりとなっています。この先、新規感染者数がどのように推移するかを考えます。

 

図 1:第7波の状況。赤は新規感染者、青はそれに対応するK値を表します。また橙色は新規感染者数が一定値で推移すると仮定した場合の線で、茶色はそれに対応するK値を表します。

 

まず、同じデータ(6月1日からの累計感染者数)を使ってK値[3]の変化を見てみます。K値(緑の点)は、茶色の線(一定の感染者数での推移を仮定した場合の予想線)に沿って順調に減少していたところ、6月末あたりで増加に転じています。これは、感染者の推移が一定である仮定に反した出来事が起こった事に他なりません。実際、図1の新規感染者数の推移を見ると、7月初旬から増加傾向が確認できます。

このように、K値の推移と予想される曲線からのずれを見ることで、大きな変化が起こったかどうかを早期に判別・検知することができます。

ウイルスの置き換わり

感染拡大時期に、一体何が起こったのでしょうか?様々な要因が考えられますが、ここでは、感染拡大時にニュースなどでよく耳にする「ウイルスの置き換わり」という点に注目して考えてみましょう。

国立感染症研究所のホームページで公開されている新型コロナウイルスのゲノムサーベイランスの結果[4]から、感染者がどのようなウイルスに感染していたかという割合がわかります。図に直してみると以下のようになります。

 

図 2:新型コロナウイルスのゲノムサーベイランス結果。検出されたウイルスで、*印は全ての数字が入ることを表しており、例えばBA.5.*の場合はBA.5の全ての亜種をひとまとめにしている事を意味します。

 

この図から、時間が進むに従って、感染者からBA.2系統が検出される割合が非常に多かった状況から、BA.5系統に感染する感染者の割合が増加してきている事がわかります。この状況を「ウイルスの置き換わり」と呼んでいます[5]。

 

さて、ウイルスの名前などが色々と出てきて、少しややこしくなっているので、言葉を整理しておきます。まず、「COVID-19」というのはWHOが付けた病名で、この症状を引き起こすウイルスが「SARS-CoV2」と呼ばれています。日本では、病名:「新型コロナウイルス感染症」、原因となるウイルス:「新型コロナウイルス」と呼ばれています。このウイルスの変異種はPANGO委員会[6]という組織によって分類・命名されており、最初の新型コロナウイルス感染症の大流行の原因となったウイルスは2種類であるとされていて、A株、B株と名付けられています[7]。このうち、現在の大流行につながるウイルスはB株の子孫とされていて、例えば、BA.5はB.1.1.529.5という種類で、B.1.1.529をBAと省略した名前となっています。つまりB株の遠い子孫であるB.1.1.529という種類のさらに子孫である事になります。また、BA系統に分類される特徴をもつウイルスは、その出現初期から、感染力が強く世界中で感染の大流行を引き起こす恐れがあったため、WHOはこの系統のウイルスを「オミクロン」と名付けました。従って、BA.2やBA.5はWHOの呼称では同じオミクロン株という扱いになります。一方で遺伝子的に見ると、B.1.1.529(BAと省略されている部分)を親に持つ亜種で、それぞれ異なる部分に変異を持っている事になります。

 

BA.2とBA.5の大きな違いは中和抗体の感受性を弱める効果がある変異の有無であり、BA.5はこの変異を有していた事から、抗体を持つ人にも感染が広がる可能性があるとして懸念されていました[8]。

実際、7月初旬から日本で起こった感染拡大はBA.5の広がりが原因となっていることが明らかです。

リンク切れモデルを使った新規感染者数のピーク時期の推定

ここでは、リンク切れモデル[9]を使って、BA.5による流行の収束時期を見積もってみます。リンク切れモデルを使った推定曲線は以下のように得られます。

 

図 3:リンク切れモデルを使った第7波の感染者数推定。青い線は、リンク切れモデルから推定される感染者数の推移です。8月上旬が感染のピークと考えられます。

 

この曲線は、リンク切れ確率を5.5%(k=0.945)として得られたものになります[10]。全区間で、毎日15500人の新規感染者が確認される状況をベースラインとし、それからの増分をリンク切れモデルで解析しました。感染規模は900万人であり、日本人口の約8%がBA.5の広がりで感染することになると推定されます。これは陽性判定者のみの見積もりですが、重要なのは、緊急事態宣言などの行動制限が行われていない現状の対策下で、新規感染者数のピークはすでに越え、今後は減少していくことが推定されることです。

 

さらに、新規感染者数の対数微分を取ることで、感染拡大の状況を表す感染拡大指数を計算することができます[11]。この量は、実効再生産数と関係するものです。感染拡大指数は、その値がゼロの場合には新規感染者の一定推移を表し、ゼロより小さい場合には、新規感染者数が減少傾向である事を示します。また、この値が0.1の時には、新規感染者数が1週間前の約2倍となる状況を示します。指数関数的に感染者数が増加する状況では、一定の値で推移します。

 

図 4:感染拡大指数のグラフ。この値がゼロより小さい場合は、減少傾向である事を表し、0.1の時は前週の約2倍の拡大を表します。茶色の点は、連休後の感染者データの影響を含んでいる事を表します。

 

この感染拡大指数の変化を見ると、新規感染者数の推移が減少傾向となるのは8月上旬以降であることが分かります。さらに、行動制限がなくとも、この指数は感染拡大初期から今日に至るまで時々刻々と値が変化しており、感染者数が指数関数増加する感染爆発が起こらないことが分かります。

行動制限による感染拡大対策

4月に上海で都市のロックダウンが行われました。社会経済活動に重大な影響を及ぼす厳しい行動制限(陽性者・濃厚接触者の厳格な管理、完全な都市封鎖)により、約2ヶ月かけてようやく流行の収束へ向かいました。感染抑制のための行動制限の効果を分析した結果、PCR陽性者の厳格な隔離が感染のリンクを切る確率を増加させたことが分かりました。一方で、ロックダウンによる厳密な行動制限による追加の効果は小さいことも判明しました。上海の感染者数推移もリンク切れモデルにより再現できることは、どのような厳しい施策を行っても、直ぐに感染者がゼロになるようなことはなく、どうしても切ることができない感染の伝播があるという事を物語っています[12]。

 

以上の事実から、どのような厳しい行動制限を行なっても切ることができないリンクが存在すること、その一方で、行動制限を行わずともリンクは切れることを念頭に、新しい社会のあり方が今問われています。

まとめ

公開されているデータを使って、新型コロナウイルス感染症の状況を分析した結果、新規感染者数の急増は、変異ウイルスの出現(侵入)と深く関係していることが分かりました。また、リンク切れモデルを使って、流行のピーク時期を推定できることが分かりました。このモデルによると、効率よく感染のリンクを切ることで、感染の脅威から多くの人々を救うことができますが、厳しい行動制限を行っても防ぐことができない感染の伝播が存在することも確認されています。一方で感染が疑われる場合に外出を控えるだけでリンク切れに寄与します。さらに、リンク切れモデルを重症者数に当てはめることで、BA.5による重症化率はBA.1やBA.2に比べて1/4程度であることも結論できます。これらの事を考慮して、感染の拡大を抑えつつ、自由な行動が可能であると考えています。

参考文献・補足

  1. 厚生労働省;「新型コロナウイルス感染症 オープンデータ」よりダウンロードしたデータを使用しました。https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html (2022年8月5日閲覧)
  2. 片対数グラフは、主に指数関数のような急激な増加/減少を伴う現象に対して使われるグラフで、主目盛ごとの間隔が10倍になっています。
  3. K値については、以下の記事に説明が掲載されています。「K値とは何か?」(プラスサイダー、オリジナル記事)記事内に原論文や専門記事へのリンクがあります。
  4. 国立感染症研究所(NIID):「SARS-CoV2変異株について」https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10745-cepr-topics.html (2022年8月5日閲覧)上記ホームページ内の「新型コロナウイルス ゲノムサーベイランスによる国内の系統別検出状況 (2022年7月28日時点))のデータを使用しました。
  5. 置き換わりというより、実際は、変異したウイルスによる感染症の再流行と考えられます。
  6. pango.network:PANGO委員会のホームページです。英文のみですが、名前の付け方のルールに興味のある方は参考にしてください。https://www.pango.network (2022年8月5日閲覧)
  7. cov-lineage:PANGO系統名とその簡単な説明が記載されているサイトです。英文のみですが、これまでに流行した変異株を探したり、”BA”などの省略部分の元を調べたりする際に便利です。https://cov-lineages.org/index.html (2022年8月5日閲覧)
  8. 厳密には、中和抗体の感受性を弱めるとされる変異はいくつかあり、そのうちの一つが有るか無いかという違いになります。
  9. リンク切れモデルについては、以下の記事に説明が掲載されています。「ネズミ算と伝言ゲームで理解する新しい感染症数理モデル – リンク切れモデル -」(プラスサイダー、オリジナル記事)記事内に原論文へのリンクがあります。
  10. ここでは、議論を単純にするため、感染者数の増加をリンク切れモデルで表される1つの波として記述したものです。より詳細な分析として、数理分析ユニットが第7波の発生以前から日々行っている分析結果があり、2つの波で記述する結果が現象を再現するのに最適であるという結果を得ています[添付資料]
  11. この量は新規感染者数の自然対数を取った値を作り、1週間前の値との差分を計算したものです。新規感染者数の増加が指数関数的であると仮定した際の、指数関数の肩(べき指数)を見ることに対応します。
  12. PCR陽性者の厳格な隔離が行なわれている条件下では、ロックダウンを行っても感染のリンクを切る確率に変化がないことが分かりました。つまり、ロックダウンにより全ての住人の行動制限を行うより、陽性者の厳格な隔離が重要であることを意味しています。詳細は以下の論文で得られた結果です。K. Sasaki, Y. Ikeda, T. Nakano, “https://www.mdpi.com/2571-841X/5/4/37