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大阪大学

大規模イベントの楽しみを取り戻す:
感染リスクとの向き合い方について考える

2022.04.01
大阪大学感染症総合教育研究拠点科学情報・公共政策部門社会技術ユニット
特任教授(常勤)
村上道夫

 

2022年の春が近づくとともに、プロスポーツやフェスティバルといった数千人以上もの多くの人が集まるイベント(大規模イベント)に関する新たな知らせが届くようになりました。プロ野球ではコミッショナーの斉藤惇氏から2022年シーズンを人数制限なく開催する展望が示されていますし[1]、Jリーグの6代目チェアマンとして就任した野々村芳和氏からは、声出し応援を取り戻すべく、科学的調査を進める意向が言及されました[2]。音楽関係のフェスティバルでも、FUJI ROCK FESTIVAL’22は「いつものフジロック」として海外アーティストを含めた開催を予告しましたし[3]、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2022は千葉市蘇我スポーツ公園に会場を移して開催される運びです[4]。2020年の新型コロナウイルス感染症の流行以降、開催中止や無観客試合も含めた厳しい制限下に置かれてきた大規模イベントは、ファンや関係者の方々による感染対策の徹底と不断の努力の甲斐もあって、にわかに賑やかさと活気を取り戻しつつあります。

 

とはいえ、新型コロナウイルス感染症の流行が完全に終息したわけではありません。大規模イベントでの感染リスクに私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか。

 

振り返ってみると、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行早期から、大規模イベントは、不特定多数の人が多く集まるという特性ゆえに、感染拡大につながるのではないかという懸念が示されてきました。2020年3月には、東京2020オリンピック・パラリンピックの開催延期が決定しましたし、その翌月には、Lancetという医学雑誌に、これらの大規模イベントの感染リスク評価とリスク管理が重要であるという短報論文が掲載されました[5]。

 

その短報論文を読んだ私は、東京2020オリンピック・パラリンピックにおける感染リスク評価に関する研究を行うことは日本の科学者の責任なのではないかと印象を持ったことを覚えています。即座に、これまで研究をともに進めてきた仲間に声をかけ、様々な分野を専門とする有志研究チームMARCO (MAss gathering Risk COntrol and COmmunication)を結成しました[6]。

 

真っ先に取り組んだのは、東京2020オリンピック開会式における観客の感染リスク評価です[7, 8]。東京2020オリンピック・パラリンピックは、最終的には無観客を原則として開催されましたが、この研究では、もしも予定通り観客が参加した場合の感染リスクと対策による低減効果を評価しました。ここでは、どのくらい感染リスクがあるかを評価することのみを主眼としたのではなく、どのような対策がどのくらいリスクを減らすことができるのかを評価することを研究のアプローチの主軸としています。どれくらい問題かではなく、どのような解決がありうるかを焦点としたかったためです。そこで、ウイルスの移行経路に着目しました。具体的には、感染者の近傍で直接ウイルスを吸い込んだり、取り込んだりすることで生じる感染、環境表面に付着したウイルスを触ることで生じる感染、離れたところで空気中をただよったウイルスを吸引することで生じる感染、といった経路に分け、それらの経路をマスクや消毒、換気といった対策によってどのくらい感染リスクを減らすことができるかを評価するモデルを構築しました。

 

その結果、参加者間での距離の確保、消毒、換気、会場内でのパーティションの設置、マスク、手洗い、帽子などによる髪の防護(後ろの座席の感染者からの飛沫由来のウイルスの接触を防ぐ)といった個々の対策では、感染リスクの低減は大きくないが、すべての対策を行うことで99%もの低減につながると算出されました(図)。

 

図 スタジアム内で生じる感染リスクと対策による低減効果

(全観客の中で来場前から感染していた人の割合に関する設定条件:1万分の1)[7]

 

その後、会場内でのパーティションの設置から、会場内でのマスク着用へと対策の仕方に関するシナリオを変更し、サッカーや野球の条件で解析しなおした研究も行いましたが、すべての対策を行うことのリスク低減が重要であることが再確認され、とりわけ、不織布マスクの着用率が高いことが大きな役割を果たすことがわかりました[9]。

 

このことは、換気や消毒といった会場側の運営による対策だけでなく、マスクや手洗いといった観客側による対策の両方を行うことが重要であることを示しています。このようなリスク評価の結果も踏まえて、有志研究チームMARCOの産業技術総合研究所の参加メンバーの方々らによって、マスク着用率、換気状態、人の距離などがリアルタイムで観測され、対策がどの程度順守されているかも確認されています。たとえば、Jリーグ・日本代表戦の試合中の観客のマスク着用率は、実に約95%との値が示されています[10]。

 

また、上述の研究では、対象地域の日ごとの感染者数、会場の参加者数および対策の実施の度合いから、感染リスクを推定する式も構築しています[9]。したがって、大規模イベントにおける感染リスクをどの程度までなら許容できるかといった目標値が設定されれば、日々の感染状況に応じて、目標値を達成するために人数制限や対策がどのくらい必要なのかといったことを評価することも可能となっています。

 

これから開催される様々な大規模イベントにおいて、感染リスクを抑えつつ、楽しみを取り戻したいと思う方はきっと多くおられると思います。本稿で紹介したような対策を順守することで感染リスクを大きく減らすことは可能ですが、それでもゼロにはなりません。大規模イベントでの感染リスクにどのように向き合うかという問いに答えるためは、最終的には、私たちの社会が大規模イベントを楽しむためには、どのくらいまでの感染リスクなら許容できるのかといった議論が必要不可欠だと私は考えています。大規模イベントの楽しみに見出す価値も感染リスクへの考え方も、人それぞれかもしれません。お互いが大切に思うことについて話しあい、許容しうる感染リスクの程度の相場観について社会中で共有することが、私たちの社会を前進させ、健康的で文化的で活気のある生活を取り戻すことにつながるはずです。


参考文献

[1] 日刊スポーツ. 2022年3月7日. https://www.nikkansports.com/baseball/news/202203070000325.html (2022年3月22日閲覧)

[2] NHK. 2022年3月16日. https://www3.nhk.or.jp/sports/news/k10013535551000/ (2022年3月22日閲覧)

[3] FUJI ROCK FESTIVAL. https://www.fujirockfestival.com/ (2022年3月22日閲覧)

[4] ROCK IN JAPAN FESTIVAL. http://rijfes.jp/ (2022年3月22日閲覧)

[5] McCloskey, B., Zumla, A., Lim, P. L., Endericks, T., Arbon, P., Cicero, A., & Borodina, M. (2020). A risk-based approach is best for decision making on holding mass gathering events. Lancet, 395(10232), 1256–1257. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30794-7

[6] MARCO. https://staff.aist.go.jp/t.yasutaka/MARCO/ (2022年3月22日閲覧)

[7] Murakami, M., Miura, F., Kitajima, M., Fujii, K., Yasutaka, T., Iwasaki, Y., Ono, K., Shimazu, Y., Sorano, S., Okuda, T., Ozaki, A., Katayama, K., Nishikawa, Y., Kobashi, Y., Sawano, T., Abe, T., Saito, M. M., Tsubokura, M., Naito, W., & Imoto, S. (2021). COVID-19 risk assessment at the opening ceremony of the Tokyo 2020 Olympic Games. Microbial Risk Analysis, 19, 100162. https://doi.org/10.1016/j.mran.2021.100162

[8] 東京大学医科学研究所. 2021年3月22日. https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00082.html (2022年3月22日閲覧)

[9]  Yasutaka, T., Murakami, M., Iwasaki, Y., Naito, W., Onishi, M., Fujita, T., & Imoto, S. (2022) Assessment of COVID-19 risk and prevention effectiveness among spectators of mass gathering events, Microbial Risk Analysis, Available online 31 March 2022, 100215. https://doi.org/10.1016/j.mran.2022.100215

[10] 産業技術総合研究所. 2021年10月11日. https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20211011.html (2022年3月22日閲覧)


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